水のある場所へ テクテクと

sarassun.exblog.jp
ブログトップ
2012年 01月 16日

ありがとう

お世話になった方々、挨拶が遅くなりまして申し訳ございません。
今年もよろしくお願いします。

さて、何から書こうか大変迷いました。
昨年は皆さんの心から一生忘れられぬ出来事が起こり、日本中だけでなく、
世界中で起こった自然災害や原発問題、紛争、革命によって悲しみにくれる人々、
どのようにしてやりきれない気持ちを前向きに過ごしていこうか悩んだ方、
今後の生き方を考え直した方々、とても心苦しい一年となりました。

そんな中、昨年は私の周りで沢山の新しい命の誕生もありました。
私は有り難い事に少しずつではありますが、仕事の質があがってきました。
休みの合間をぬって、実家にも昨年は何度か帰省する事ができました。

しかし、それは何かを予感していたかのように、最愛の母が突然の癌宣告を受け、
3ヶ月弱という短い闘病生活の末、昨年末帰らぬ人となり私達の前から突然居なくなってしまいました。
3人の介護を弱音も吐かずにし、さっこれから自分の事を少しずつやっていこうと思っていた
矢先の事で本人が一番悔しかったと思います。
このブログを呼んで下さっていた方はちょくちょく登場していましたので、
少しはどんな女性かご存知の事かと思います。
母は私の尊敬する女性でありますので、この場をお借りしまして紹介させていただきます。
(すみません)

母、真澄は普通の田舎のおばさんです。
しかし、芯があって、何処に行っても物怖じせず、ハプニングが起きても動じる事もなく、
持ち前の明るさで周りの人からの信頼はとても厚かったです。
ピアノが得意で、子供の頃私は隣に立ってよく歌を歌いました。
物知りで知らない事はないんじゃないかというほど、幅広い分野の情報をたくさんもちあわせていました。
花を生けさせても、絵や字を書いても、着物の着付けもなんでも器用に出来る自慢の母でした。
お料理も材料があればしゃしゃっと手際良く作り、特に工夫する事が大好きだったので
自分で育てた無農薬の野菜を活用しての食卓での変身ぶりは素晴らしいものでした。
人を呼んで、おもてなしをすることも多かったですし、家の中は母の存在のおかげで大変賑やかでした。

とにかく聞き上手で周りに居る人々を前向きにしてくれる明るさと笑顔、
いつも人の立場にたって物事を考え、時にアドバイスしたり、
励ましたりするのが大変得意でありました。
私も苦しい時、何か一言必要な時は電話をし、何度支えてもらったか数えきれないほどです。
迷惑のかけっぱなしでした。
母のアドバイスあってこそ、ここまでこれたような気がします。
自分の事はいつも後回し、まず父の事、姉や私、友人、親戚や近所の方々に施しの精神でいつも接してくれました。
なによりも人に喜んでもらう事をするのが大好きだったので、
人の役に立つことで幸せを感じていたのでしょうね。


いろんなエピソードがあります。
思い出してはきりがないです。

今はもう母の姿は近くにいないですが,魂は一生私達の心の中に生きていて、
以前同様そばで見守ってくれていると思うととても心強いです。
沢山教わった物事は一生の宝物です。

どうもありがとう。

辛い事なんか生きていたら山ほどあるから諦めてしまう事は簡単だよ。
いつも応援しているからね。と最後に言ってくれました。
母のように、勇気を持って何事にも前向きに取り組み、やさしくまた日々丁寧に過ごしていきたいと思います。

悲しんでばかりいると怒られそうなのでしっかりがんばらねば。
ぼちぼちblogもアップしていきますので今後ともよろしくお願い致します。


Yayoi Sarayama
[PR]

by sarassun | 2012-01-16 10:49 | 宝物


<< informazione      もみの木 >>